街道の歴史

   成田山に移設された道標


出世稲荷前に移設された道標

霊公館前に移設された道標

江戸からの参詣客の為に成田街道には、数多くの道標が建てられています。

現在も成田街道には40数個の道標があります。

成田山境内にも移設された道標が2箇所にあります。

佐倉市井野1434に建つ道標は、七代目市川團十郎が1831年建立してものです。

 

面) 成田山道   是れより北へ半丁 清水原中有

                 (右面) 「天はちち 地はかかさまの 清水可那」  

                         七代目団十郎敬白

團十郎の句は、この加賀様と母(かか)様をかけて詠んだものです。

加賀清水とは、佐倉藩主であった大久保加賀守利常が

必ず駕籠を停めて賞味したことから、「加賀殿清水」と言われている。

 (左面) 成田山御参詣の御方様御信心被遊此清水御頂戴被成候

                               御夫人様方御懐胎被成候事

 

加賀清水の冷水を飲めば子のいないご夫人も懐妊するという御利益がある。

 

          (背面) 無疑私御利益を蒙り候間御信心の御方様へ差上度

                             御子孫長久大願成就

 


宿 場

  江戸から成田までには、江戸時代には七つの宿場がありました。

   市川宿(市川市)    八幡宿(市川市)  船橋宿(船橋市) 

   大和田宿(八千代市)  臼井宿(佐倉市)   酒々井宿(酒々井町)

   寺台宿(成田市)

  成田山には、夫婦や男女二人ずれでは参詣しない方がいいとの巷説があるが、

   これは船橋宿の旅籠屋で遊ぶ為の、男の都合のよい作り話であった様です。

   船橋宿の旅籠屋には、遊女がいて成田山参詣時の男が遊ぶ為の口実か?

 

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成田街道 江戸時代の旅人
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